「千葉座」命名から現在に至るまで、数多くの人々に思い出を送り続けてきました。
早稲田大学で文学者だった「島村抱月」が大正二年(1913年)に女優「松井須磨子」と共に創設して間もない芸術座のメンバーを引き連れて来石、大きな反響を呼びました。
また、昭和二年(1927年)には女優「岡田嘉子」が男優「竹内良一」との恋の逃避行中に石巻に立ち寄り、二人で岡田座の舞台に立ったと言うラブロマンスもあります。
昭和十九年(1944年)には、「尾上菊五郎」「澤村宗十郎」の合同記念公演の歌舞伎興行で話題を呼びました。
今は亡き石巻出身の喜劇役者「由利徹」は子供の頃、便所からぺろんこ(無銭入場)して劇場に通
い続け、カンカン踊りを見て「おしゃまんべ」を思いつき、芸能界入りを決意したと言っておりました。名言「お客様は神様です」の「三波春夫」は、橋の上にたくさんの人の行列を見て公演の前に、「3曲増やしましょう」といったそうです。あの昭和の歌姫「美空ひばり」は、石巻の空に天使の声を三度も響かせています。
そして映画館になったころには、子供のころの「石ノ森章太郎」が、中田町より約二時間も自転車をこいで、映画を観に来ていたそうです。
その後も劇場以外の場所で、歌謡ショウや芝居などだけでなく、いろいろな興行を行いました。
大相撲巡業を昭和二十二年(横綱羽黒山)と、昭和六十二年(横綱千代の富士)の2回石巻準場所を行っている。あの「ジャイアント馬場」率いる全日本プロレスの石巻初興行は、なんと石巻小学校の校庭でした。
幕末から明治、大正、昭和そして平成の現在、150年の歴史の中でたくさんの人たちがこのステージに立ち、歌や芝居そして映画で地元の人々に娯楽と文化を提供し、観客の笑いや感動、そして出会いを今なお、おくり続けています。